吉村愼治 著

2011/06

 
『日本人と不動産――なぜ土地に執着するのか』
平凡社新書(定価798円 2011.02)

 日本人の土地への執着の強さと、それに伴う私権制限の困難さは、都市開発の最大のリスクだ。私権制限ができなければ、そろばん勘定が合うような価格で取り引きせざるを得ない。世に言う地上げとは、私権を保護した上での民間によるリスクテイク策として生み出された知恵である。地上げをけしからんと言うのは簡単だが、不動産の開発利益を見込めなければ、民間開発はできなくなる。当事者全員が開発を望み、生活の豊かさや安全安心の観点から開発すべき土地であっても凍りついてしまう。ゆえに、評者は、私権を制限してでも開発を進めるべき場合があると考えていた。
 本書は違う光をあてる。土地への執着が、公益はもとより、必ずしも私益にもならないことを明らかにすることで、公益と私益をトレードオフから解き放つことが目的のようだ。著者は、東京大学で経済学を学び学者になることを目指した後、大手不動産会社で開発や調査の仕事に従事した。さらに、定年を前に、東洋大学に新設された公民連携専門大学院を修了し、その実績から、東京大学の資産管理の専門家としてスカウトされたという変わった経歴を持つ。理論と実務に裏打ちされたストーリー展開は筆者ならではのものだ。
 第1章「日本の街は、なぜ汚いのか」では、本来都市計画が目指すべき都市の価値が、私益を保護することによって達成されない事実を歴史を振り返りながら明らかにする。一方、著者が勤務したシンガポールの都市計画が経済合理性を貫き、都市間競争にうち勝つ姿が示される。第2章「土地所有のルーツを探る」では、過去、武力や政治力(農地自由化)によって土地の所有権はめまぐるしく動いており、現在の土地所有者の多くは、それほど長く土地を所有しているわけではないことを述べている。「先祖伝来の土地」意識とは、実は一般的ではないのだ。



 

 第3章「不動産格差」は、持家政策が妥当ではないことを検証している。マクロ的な視点もさることながら、損得勘定を実際に計算している点が非常に分かりやすい。第4章「グローバル時代の不動産」では、世界の流れの中で日本の都市政策が遅れてしまったことを示す。それは経済力そのものを弱めることで、私益にも反していることを示唆している。
  結論は、新規の持家から既存ストックの賃借優遇へのシフト、収益還元可能な経済価値を持つ地域への投資のコンパクト化に加えて、農地売買の自由化と農地転用の禁止による農業の競争力維持にまで及んでいる。土地を資産として捉え直すことによって、都市と農山村の二重構造の同時解決方法が見えてくる。
 本書刊行後東日本大震災が発生した。津波、放射能、液状化の問題は、あらためて土地を所有することのリスクを浮き彫りにした。慣れ親しんだ土地に戻りたいという思いは理解できるが、土地の所有権を従来のままにした方が良いのかどうかは別問題だろう。著者がこの問題に対して何を提言するか、是非聞いてみたいものである。

(東洋大学経済学部教授・根本祐二)

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