2018年秋号
通巻627号

特集1 働き方の変化から地域社会を考える

人口減少、労働力不足、超高齢化、AIやIoT、シェア経済の進展などにより、地域の雇用を取り巻く環境は大きく変わりつつある。テレワークや副業など、新しい柔軟な働き方が少しずつ浸透しつつあるが、今後、どのような方向に向かうのだろうか。
時間や場所、組織にとらわれない働き方が増えるということは、新しいタイプの起業、自営的就労やフリーランス、副業や兼業が広がりを持つことを意味している。ソフト・アプリ開発、デザイン、映像編集などで顕著だが、最近ではIT ベンダーの地方への立地もみられるようになってきた。環境、インフラ面だけでなく、人材が集まるところに引き寄せられる傾向を持つ。
ジェレミー・リフキンがいう「限界費用ゼロ社会」は、日本が謳歌してきた規模の経済モデルとは異なり、追加コストをかけずに、ひとりひとりが生産活動に参画することができるというものだ。シェアリングエコノミーは、コラボレーティブ・コモンズや分散型社会と関係が深く、東京一極集中とは逆に田園回帰の動きを下支えしている面も小さくない。
IT 系のほかに、福祉やソーシャルビジネスからまちづくりに向かうケースも増え、課題解決型の地域に人材が引きつけられるのも最近の地方移住のトレンドといえそうである。
働き方をめぐる議論は、これからの社会像を模索していくことにもつながる。かつて、ケインズは経済成長の果て21世紀初頭には、人びとの労働時間は1日3時間程度にまで減少すると予測していた。理論上では生産性が上昇すると余暇が増えるが、実際にはまったく逆となった。働くということが多義的になった反面、効率性重視の経済がさらなる欲望を喚起し、労働時間が減ることはない社会が作り出されたことによる。 他方、こうした経済至上主義、効率重視の価値観を問い直す動きが地域発で生み出されている。
四半世紀前に塩見氏が提唱した「半農半X」はその代表であろう。時代を先取りし、個と社会の相互自立性の価値観を醸成した功績は大きい。当然、ここは「農」に意味があるのだが、広義に「半X半Y」でもよいと解釈し、わたし自身もその思想に影響を受けている。
また、最近の田園回帰の動きから、鳥取大学の筒井氏は「継業」という概念を提唱している。これまでの地域の仕事を若い人が新たな形で継承するというものだ。起業よりも敷居が低く、地域にとっては継承したい固有財産が残される。地域の持続性を担いつつも、仕事観としては新しい。
以下では、こうした地域系の識者だけでなく、労働の専門家に地域雇用の動きを論じていただいたほか、テレワークの女性たちをつなぐ起業家の横田氏、ローカルジャーナリストの田中氏にも寄稿いただいた。多様な働き方の可能性を提示していただいているが、女性の執筆者が多いのも因果であろう。地域×働き方の視点から、仕事と地域の持続性を考えたい。

『地域開発』誌編集委員、大阪市立大学商学部准教授
松永 佳子

特集1にあたって
松永 桂子 「地域開発」誌編集委員、大阪市立大学商学部准教授
半農半Xの今
塩見 直紀 半農半X研究所 代表
地域づくりとしての継業−なりわいと農山村を継ぐ挑戦−
筒井 一伸 鳥取大学地域学部 教授
女性の起業に学ぶ柔軟な働き方
横田 響子 株式会社コラボラボ 代表取締役
地域発・ローカルジャーナリストという新しい働き方
田中 輝美 ローカルジャーナリスト
ワークライフバランスと生活時間分析
藤原 真砂 島根県立大学総合政策学部 教授
労働市場におけるグローバリゼーションと社会包摂
大西 祥惠 国学院大学経済学部 教授
就労支援と地域社会
櫻井 純理 立命館大学産業社会学部 教授

特集2 巨大災害に向けた地域防災の新たな視点

2018年は地震、豪雨、台風など度重なる自然災害の発生によって、地域防災に関する様々な課題がいっそう浮き彫りになった年であった。各方面の連携による災害対策の一層の推進、風水害に関する新たな知見の活用、情報伝達や予防的避難の徹底など、ハード、ソフト、教育といった幅広い視点からの検討が必要であることは言うまでもない。こうした課題は今までも、たびたび指摘されていた点であるが、具体的にどのような方法でこれを解決していくのかについては、必ずしも明確な方策を見い出せないでいた。しかしながら、近時は様々な研究成果の蓄積や新たな技術の社会実装が始まったことにより、ようやくいくつかの具体的な方策が明らかになってきた。本特集では、地域防災の一線で活躍されている6人の有識者による、課題解決につながる新たなアプローチの一端を紹介することとしたい。 西川論文「巨大広域災害『南海トラフ地震』に地域はどのように備えるか」では、切迫性が指摘されている南海トラフ地震を取り上げ、巨大災害における市町村の広域連携の必要性を指摘する。一方で、復旧資源の調整といった現実的な側面にも着目して議論を進めている。
もう1つ連携の視点をとりあげた阪本論文「災害時の避難における自助・共助・公助に関する考察-平成30 年7月豪雨災害より-」では、西日本豪雨などでも問題となった災害時の避難を例にとり、個人の避難行動には共助、公助との連携が重要であることが指摘されている。
次に、新たな知見や技術の活用の視点からは以下の3つの論文があげられる。1つ目の増田論文「都市空間(人口密集地)の視点」では、災害被害が加速度的に拡大する可能性が高い都市空間において、モニタリング・センシング技術を活用した災害情報提供について2つの新たな取り組みを紹介している。
2 つ目の小嶌論文「燃料多様化がもたらす地域防災への効用」では、東日本大震災でも多くの地域で対応が困難であった災害時の燃料調達という課題に対して、ディーゼル車を活用することで、有効な手段を提供できる可能性を示している。
3つ目の新藤論文「チーム・新宿によるドローンを活用した地域防災に関する実証実験〜新しい技術活用のひとつの視点〜」では、災害情報の把握などに活用され、効果を発揮しつつあるドローンに対して、新宿での実証実験を通じて得られた課題等を産官学の関係者が共有することで、この取り組みがさらに進展する展望が述べられている。
最後に取りあげる湯浅論文「女性が中心となって取り組む建設業者の連携『なでしこBC 連携』」においては、女性目線からの地域防災力強化の活動が紹介されている。男性目線で語られることが多かった防災対応において、新しい視点での議論は新鮮である。
以上6つの論文を紹介してきたが、地域防災への備えは急務の課題である。本論文が、地域防災関係者の今後の活動に有用な情報となることを切に願っている。

野田 健太郎
立教大学教授

巨大広域災害「南海トラフ地震」に地域はどのように備えるか
西川 智 名古屋大学減災連携研究センター 教授
災害時の避難における自助・共助・公助に関する考察−平成30年7月豪雨災害より−
阪本 真由美 兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科 准教授
都市空間(人口密集地)の視点
増田 幸宏 芝浦工業大学 教授
燃料多様化がもたらす地域防災への効用
小嶌 正稔 東洋大学経営学部 教授
チーム・新宿によるドローンを活用した地域防災に関する実証実験〜新しい技術活用のひとつの視点〜
新藤 淳 SOMPOリスケアマネジメント株式会社 上席コンサルタント
女性が中心となって取り組む建設業者の連携「なでしこBC連携」
湯浅 恭史 徳島大学環境防災研究センター 助教
◎連載(第4回)
地方移住をめぐる現状と課題 4
嵩 和雄 NPOふるさと回帰支援センター副事務局長
◎連載(第2回)
老いる郊外住宅地(2)〜地縁組織を補完する仕組みづくりの試み〜
長瀬 光市 慶應義塾大学政策メディア研究科 特任教授
エッセイ/ニューヨーク主夫通信 その2
飯島 克如 一般財団法人日本地域開発センター客員研究員
生きる−八丈島
小泉 和彦 キンメダイ漁師

トップページへ戻る