2021年夏号
通巻638号

特集 所有の排他性を問う

人口減少下の日本では「ここが使われていればこのまちも捨てたものでもないのに」という場所が遺棄された姿をさらし続けている。他方、途上国都市のスラム的環境にあるインフォーマル居住地では、明日立退きを迫られるかもしれない不安のなかで暮らしている。

このように誰がみても好ましいといえない土地の利用状態を解消するよりよい手立てはないのか、日本では土地が成り行きで所有者不明になるのを防ぐ方策が試みられ、途上国インフォーマル居住地では所有権を法的に明確化する方策を強化している。しかし出口が見えない。ひょっとして「人が(私的所有にせよ共同所有にせよ)土地を排他的に所有しているという共通の了解自体が、狂気なのではないか」という考えが頭をよぎる。 宿泊施設)がなされてきた。並行して、2004年に中央教育審議会による学校の管理運営のあり方答申から小中学校を対象としたコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)がはじまり、「学校と地域との協働」に力を入れるようになった。結果、実績を上げた学校には、子供を学ばせるために地方移住する親子も出てきた。最近では、地方創生の実現として、高校も含め、さらに強力に推進されてきている。人口減少はさらに進み、高校の再編・統廃合も進んできている。こうした中で、冒頭の海士町のチャレンジで、発想の転換の必要性と高校存続の可能性、すなわち小規模校が持つ意義が理解されるようになった。

 本特集では、この根源的な問いから目を逸らさず、「土地所有の排他性」そのものを考え抜こうと試み、様々な分野の方々にこの問いを投げかけてみた。

 環境学的視点からみれば、そもそも外に閉ざすことのかなわない一片の土地を人が使うにあたりどのような取り決めするかという課題になる(糸長)。法学的見地から、高村は「権利の束」という概念を導入して、排他的所有権への問いを、「権利をどう切り出していくか」という課題に読み替えている。

 わが国で喫緊の空き地問題に対しては、商品として経済価値をもたないからといって、土地の価値がなくなったわけではないという見方が、複数の実践から示された(矢野、両川)。秋田は、被災して人の去った雄勝の地において「この土地を誰かが見守っている」ことに価値を見出している。換言すれば、こうした土地では、所有することによる利用や処分の権利の面より、土地に対する責任が重視されている(矢吹)。

 途上国をフィールドにすると、「土地を所有するとは何か」を考えずにはいられない場面に遭遇する。本特集後半では、多彩なフィールドをもつ研究者らをお誘いした。前田と小野は、「所有」が、環境への行為やその土地での実践と結びついているという。そうした「所有」概念は、公と私に二分された近代的土地制度には置換しきれない。庄がアフリカで非営利建築家として活動するうちに思い至ったとおりだ。そして、志摩が指摘するように、インフォーマル居住地は公/私の前提なしに「所有」を調停し続けている世界でありながら、グローバル資本主義の都市開発の只中に投げ込まれている。
 こうした計画学的アプローチからの気づきは、「所有」にかかる人類学的問いに接近する。であるなら、中空が取り上げる分人思想すなわち「われわれ自身がすでに他者や物質、周辺の環境とのシェアによって成り立つ存在であるということ」へラディカルに転換せずして、今日的な土地問題と対峙できない。それは、小川がいうように、「所有」に「不確実性」があることを前提に、「個としての自律性と分人的なシェアを共存させる」世界に足を踏み入れる覚悟を迫る。

『地域開発』編集委員、東京大学大学院教授 岡部 明子

 

特集にあたって
岡部 明子

『地域開発』編集委員、東京大学大学院教授

所有の排他性という壁
岡部 明子

東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授

環境学的点から排他的な土地所有を問い直す
糸長 浩司

日本大学生物資源科学部 特任教授

所有の排他性と過少利用問題―権利の束としての所有権
高村 学人

立命館大学政策科学部 教授

所有の概念を超えるパロールとしての領域の考察
矢野 拓洋

東京都立大学博士後期課程/一般社団法人IFAS共同代表

雄勝ローズファクトリーガーデンと土地
秋田 典子

千葉大学大学院園芸学研究院 教授

集落の土地が持つ多重な関わり
両川 厚輝

東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程

米国の人口減少都市における土地の再配分
矢吹 剣一

東京大学先端科学技術研究センター共創まちづくり分野・特任助教

再定住地の変化にみる、「所有」に先立つ人と環境の関わり
前田 昌弘

京都大学大学院人間・環境学研究科 准教授

スラムの土地所有権をめぐる今日的課題:インドネシア、タイ、フィリピンの経験から
志摩 憲寿

東洋大学国際学部 准教授

人と人との関係性の中で育まれる所有という実践-ザンビア・ルサカのインフォーマル市街地のコミュニティから-
小野 悠

豊橋技術科学大学 講師

植民地の建築家-ルワンダと米国
庄 ゆた夏

General Architecture Collaborative主催、セラキュース大学建築学院 准教授

機会のシェアと不確実性への想像力―タンザニア商人を事例に
小川 さやか

立命館大学先端総合学術研究科 教授

「分人」を基盤とした世界とは――インドのスラムとガンジス川から所有主体を問いなおす
中空 萌

広島大学大学院人間社会科学研究科 講師

寄稿/「所有者不明土地解消に向けた民事基本法制の見直し」について
野口 和雄

都市プランナー

◎連載/韓国を読む その3 韓国の国民生活とデジタル化
江藤 幸治

(一社)アジア未来ラボ顧問、韓国情勢観察家

書評/『関係人口の社会学-人口減少時代の地域再生-』田中輝美 著
松永 桂子

大阪市立大学大学院准教授

裏表紙 生きる~徳之島/天城町
世界自然遺産の島で自然保護に関わること
岡崎 幹人

天城町企画財政課「自然保護専門員」 

想いをカタチに・・・徳之島天城町に移住して
のせたかこ

アーティスト、森と海の藝術楽校 主宰、茶処あがりまた 店主


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