<地域振興の視点>
2000/05
 
■地域振興と留学生
編集委員・一橋大学 関 満博

 中曾根政権の時に提案された「留学生10万人計画」も、一進一退の状況であり、なかなか期待通りには進んでいない。日常的に留学生と接触している身からすると、最大の問題は、卒業後、日本に就業の場がないという点であるように思う。日本で数年間の勉学を続けた後、彼らは少なくとも5年間くらいは日本の企業で働きたいと願っている。だが、日本にはそうした機会は極めて少ない。また、仮に採用されても1〜2年の契約制である場合が多く、身分は非常に不安定である。こうした日本の事情が理解されるにつれ、日本留学(特に、アジア系)への関心は薄れていく。

■開発要員は中国人留学生OB
 ここに一つの興味深いケースがある。福島県須賀川市の山本電気は、家庭用ミシンモーターの専業メーカーとして歩んできた。だが、この数十年、家庭用ミシンの市場は世界的に縮小傾向を続け、かつて世界で年間1,800万台とされた市場は、昨今はほぼ300万台弱となった。現在の日本の家庭では年間で10分間ほどしかミシンは使われていない。こうした事情から、ミシンメーカーの大半はかなり早い時期に台湾に展開、部品メーカーも追随を余儀なくされた。
 山本電気も76年というかなり早い時期に台湾に進出している。その後、競争相手は市場から脱落し、現在では、山本電気は家庭用ミシンモーターの世界シェアの85%を占めるに至っている。さらに、その後、台湾の人件費も上昇したことから、94年には上海に拠点を移し、安定的な事業基盤を確保することに成功している。
 この間、日本の山本電気はミシン関係から撤退し、現在ではより付加価値の高い、自動車、事務機等のモーター関連の開発型企業に転換した。ただし、地方の中小企業であるため、開発スタッフの確保に苦しんでいた。そうした中で、ある時、理工系大学院卒の中国人留学生が飛び込んできたことを契機に、口コミで留学生が増えていった。中には東工大や慶應工学部などの東京の有力大学の大学院卒も含まれている。
 その後、就職氷河期といわれる中で、日本人の理工系大卒も応募してくるが、最終の集団面接の際に「英語で議論してもらおう」と言うと、日本人学生は帰ってしまう。その結果、山本電気の開発要員の大半は中国人留学生OBとなっていったのである。
 これに対し、山本電気では彼らを労働組合員として迎え入れ、事実上、終身雇用の枠に入れていったため、彼らの不安も取り除かれ、十分に力を発揮し、家庭用ミシンのモーターメーカーであった山本電気は開発型企業への転身をなし遂げることに成功したのであった。
 以上のケースからは、不安のない就業環境を提供していけば、アジアの有能な若者が日本の企業社会に積極的に参加し、中小企業の開発能力の向上、さらには、地域産業の活性化にも大きく貢献していくことが理解されるであろう。

■留学生の起業化を支援する
 昨今、地域産業振興、地域経済の活性化という課題について、周辺諸国との関係の密接化に関心を寄せる向きが増えてきた。日本海側の各県の「環日本海経済圏」への関心の高まりなどは、そうした事情を彷彿とさせる。ただし、「日本海」はいまだに閉ざされたままであり、必ずしも期待通りには進んでいない。私も、各県のシンポジウム等に招かれることが多いが、期待ばかりが先行し、なかなか具体的な突破口はみえない。日本、中国東北地方、朝鮮半島、極東ロシア、モンゴル等が開かれて、北東アジアに新たな可能性が生じていくにはまだかなりの時間がかかりそうである。
 ただし、将来、北東アジアには確実に新たな時代が到来するのであり、それに向けて「人の道」をつくっていくことが何よりであろう。その場合、留学生の受け入れ、就業機会の提供は新たな時代に向けての環境整備の基本となっていくことは間違いない。
 現在、こうした留学生の卒業後の受け皿を形成し、地域振興、地域経済活性化につなげていこうとする一つの動きがみえ始めた。
 阪神淡路大震災後の復興プランの中で、神戸と中国長江流域との連携プログラムが推進されている。その一つの事業として、埋立地であるポートアイランドの中に多様性に富んだ「新しい中国人街」を形成していくことが計画されている。そして、この中に、留学生の起業化支援のための施設と環境を整えていこうというのである。
 神戸には戦前以来の華僑が約1万人ほど居住し、神戸経済の重要な部分を担っている。そのため、中国人向けの教育施設、医療施設、食の環境等の基本インフラが整っている。いわば、新たな中国人留学生が定住していくための環境に恵まれているといってよい。そして、それを背景に起業しやすい条件を整備し、神戸に「新たな風」を吹き込んでもらおうというのである。当然、VISAの問題、資金的な支援の問題、技術的、経営的な問題等、今後に乗り越えていかなくてはならない課題は多いが、それらを突破することにより、神戸と中国の経済的な関係を深めていくことが、震災復興のための一つの有力な手段と認知されているのである。

■留学生による「新たな風」
 意欲的な若い外国人が日本に勉学に来て、そして、日本で働き、起業していくことになれば、閉塞感に苛まれている日本にも、大きなインパクトを与えることになろう。他国にまで来て勉強しようとする若者のエネルギーは、たいへんに大きい。そうした思いとエネルギーを大切に受け止め、地域振興、地域経済活性化につなげていくことにより、私たちは全く新たな可能性を獲得することができる。そして、そうした若者たちが成功していくならば、その予備軍はさらに日本を目指し、「人の道」はいっそう拡がり、内側に引き篭もりがちな日本の若者にも大きなインパクトを与えていくことになろう。
 グローバルの時代、少子高齢化の時代、そして、IT革命など、私たちはかつてない大きな変革期にいる。そして、このような変革期を乗り越えていくのは若者たちである。特に、豊かさゆえ「志」や「社会的使命感」を抱きにくくなっている日本の若者たちへ強烈なインパクトを与えるものとして、外国から「新たな風」を運んでくる留学生たちに幅の広い活動の場を提供していくことが求められているのである。

(せき・みつひろ)


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