<地域振興の視点>
2000/09
 
■地域振興と専門高校
編集委員・一橋大学  関  満博

 近年の地域産業振興に関して、産学協同が多方面にわたって議論されている。なかなか思うようには事態は進んでいないようだが、それでも、これまで象牙の塔として風通しの悪かった大学が社会に姿を現してくるならば、大学にとっても、産業界にとっても有益であろう。是非、そうした取り組みを深めていって欲しい。
 だが、この産学の議論にはなぜか工業高校、専門高校が入ってこない。振り返るまでもなく、日本の製造業の現場を支えたのは全国に広く拡がる工業高校の卒業生ではなかったのか。この数十年の間の高校全入、偏差値教育の徹底の中で、私たちの気がつかないうちに、工業高校、専門高校は不当な位置におとしめられていたのであった。

■中卒と工高卒の時代
 京浜工業地帯の工場。かつて1960年の頃までは東北地方などから集団就職列車で上野にたどり着いた中学卒の若者たちが、不安と希望を胸に工場に入っていった。会社側も彼らを「金のタマゴ」として処遇し、現場で大事に育てていった。彼らがその後、現場の柱として日本の高度成長を支えたことはいうまでもない。だが、日本が豊かになるに従い、中学卒の若者は見当たらなくなり、代わって工業高校卒の若者が現場の柱として活躍していくことになる。
 1948年生まれの私の世代では、中学のクラスで工業高校に進学する生徒は、成績はかなり上位であったと記憶する。家庭の経済的な事情から普通高校への進学を諦めていたのであった。こうした真摯な若者たちが、その後現場に鍛えられ、工夫を重ねていったことから、「日本の製造技術は世界一」などの評価を得るまでに至ったのであった。
 事実、技能オリンピックなどにおいても、中卒、工高卒で入社した若者が鍛え上げられ、金メダルを大量に日本に持ちかえったことも思い起こされる。

■「普、農、商、工」
 だが、その後、世間全体が豊かになり、少子化が進み、高校全入、大学進学率の急上昇などの事態の中で、私たちは工業高校、専門高校への関心を失っていった。そして、いつの間にか工業高校は偏差値の序列の中で、特に大都市圏では最下位におとしめられていく。世間の知らないうちに、首都圏の関係者の間では「普、農、商、工」などと言われ、工業高校は中学の成績の最下位グループを受け入れる施設となっていったのであった。
 さらに、この重みのない繁栄の中で、マスコミなどが「工場は3K(キタナイ、キツイ、キケン)」などと揶揄し続けたため、世間の「工場」「現場」への関心は急速に低下していったことも無視できない。中学の成績の都合でたまたま工業高校に配分された若者は、希望を失っていったことはいうまでもない。
 こうした事態を招いた責任は私たち世代にあるのだろうが、若者が希望を抱けない社会はまことに辛いと言わざるをえない。何としてでも、次の時代を担う若者たちが、希望を胸に社会に積極的にコミットしていく環境を作っていかなくてはならない。

■長井市での取り組み
 山形県長井市。人口33,000人の地方小都市の典型である。この数年、この地で地元の県立長井工業高校をめぐり興味深い動きが生じている。全国的な傾向だが、昨今、工業高校の統廃合が進められている。長井の工業高校も統廃合の対象とされていたのだが、地域産業振興に苦慮していた地元の人びとの間に、「人材」こそ地域の最大の資源ではないかとの認識が深まり、長井工業高校の統廃合をくい止めることに成功した。
 地元自治体、産業界が高校と一丸となって反対運動を繰り広げ、三者がお互いの理解を深めていったことが功を奏した。振り返るまでもなく、地元産業界をリードしている人びとの多くは卒業生でもある。こうした人びとが母校の現状に関心を抱き、深くコミットしていくことが何よりなのであろう。
 この反対運動を通じて、地域の最大の経営資源は工業高校にあることを理解した自治体と産業界は、その後、工高生の地元企業への理解を深めてもらうためのインターン・シップの可能性の模索、さらに再築される校舎の一角に測定室をプレゼントしようとの動きも出始めている。一通りの測定器を提供し、生徒に使ってもらい、また、企業も校門を入って行くという関係を形成することにより、お互いの接点を深めていこうというのである。

■地域振興と人材
 この長井にみられるように、日本の多くの地方小都市にとって、地域産業振興を進めていこうとする場合、「人材」以外の資源はなかなか見当たらない。とりわけ少子化、長男長女時代にあっては、ますます故郷指向が強まり、人びとの移動性、流動性は低下する。次三男が地元に居場所が無く、大都市の工業地帯に向かっていったという高度成長期の時代ではないのである。高校卒業後数年は大都市の空気を吸いたいであろうが、大都市では家も買えない現状では、故郷指向はますます強まっていくことは間違いない。
 この若者たちをいかに「人材」として育成し、地域に幅広く用意していけるかが、今後の「地域振興」のための最大の要件となりそうである。その場合、地域の工業高校、専門高校の果たすべき役割は大きい。優れた職業人材として、また、地域を愛し、地域のために活動する人材として育ってもらわなくてはならない。
 そして、卒業生をはじめとする地域の人びとが、地域を支えるものとして工業高校、専門高校に関心を持ち続け、深くコミットしながら若者たちに語りかけていくことが求められていくであろう。
 長井工業高校で開催される「親子ものづくり教室」では、小学生を指導する工高生たちの表情がなんとも大人びてみえた。世代間の断絶が危惧されて久しいが、ものづくりの「場」などを共有することにより、私たちはそこで生きる地域を愛すること、社会的使命感などの様々なことをお互いに確認していかなくてはならないのである。地域振興はまさに「人」が担う。その「人づくり」のために、少しばかり先にいる私たちの世代が、最大限の努力を傾けていかなくてはならないのである。

(せき・みつひろ)


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