<地域振興の視点>
2001/09
 
■ニューヨーク市経済活性化プログラム
編集委員・日本政策投資銀行 澤田 正彦

 ネットバブルの崩壊に伴い直近では翳りが出ているものの、米国経済は87年のブラックマンデー以降90年代初期までの不況を、IT化の広がりを中心とする産業の活性化等により克服してきた。6月下旬に企業誘致・宣伝のため来日したニューヨーク市の外郭団体であるニューヨーク経済開発公社のメンバーと面談し、米国経済の中心地でさえも地域活性化に向け精一杯工夫し努力している取り組みを聞く機会があったのでご紹介したい。
 
1.ニューヨーク市の地盤低下
 言うまでもないがニューヨーク市は、?世界に開かれたマネーセンター、?金融・情報・出版等々サービス業の集積地、?米国東部最大の消費地、?内外交通のネットワーク拠点、という地位を占めている。しかしながら、1963年IBMの郊外への移転に始まる企業本社の相次ぐ移転、経済・金融の悪化、シリコンバレーを代表とする新興産業の急成長と中心機能の分散化により、90年代初頭ニューヨークの中枢性はかなり低下してきた。こうした状況を踏まえ94年に就任したジュリアーニ市長は財界の協力も得て対策を打ち出した。
米国産業の拠点
本社の相次ぐ移転
ブラックマンデーによる不況
マンハッタン南部のオフィス平均空室率30%
経済復興策としての各種支援措置実施
ニューヨーク
42
ヒューストン
18
シカゴ
12
アトランタ
11
セントルイス
10
ピッツバーグ
9
フィラデルフィア
8
サンフランシスコ
8
■「Fortune」誌選定上位500社都市別本社立地社数
  cf.1987年51社(「Fortune」2000年4月)

2.活性化プログラム
 不況時のみならず、好景気時においてもニューヨーク市のような世界的経済拠点でさえその競争力を維持・強化するために税・エネルギーはじめ各種経済活性化プログラムにより、新規起業支援、企業の事業拡大・誘致等を連邦・州・市政府間の協力と産学官民の協力体制により強力に進めている。ポイントは、@疲弊著しかったウォール街はじめマンハッタン南部の再活性化、Aマンハッタン中心部から市内周辺部への移転・再開発促進、B古いビルの改装による情報化・近代化(歴史的建造物保存)、C州外企業誘致と転出抑制、Dベンチャー・中小企業支援、E非住宅建物の住宅への転用、F製造業の育成・強化、の7点である。
 多彩なメニューに特色があるが、特徴的プログラムをいくつか紹介する。
 
(1) 税・エネルギー優遇
・マンハッタン区南部での業務用゛Smart Buildings(IT対応ビル)" 新築・改装については価値増加分につき8年間固定資産税減免→当初4年間は100%、その後4年間は20%ずつ減額幅縮小(2003年6月末までの時限)?上記ポイントの@とB
・マンハッタン区南部の商業系建物で資産評価額の2割以上増改築投資を行った場合、テナントは12年間(ランドマークに指定されている建物の場合は13年)電気代の減額がある。当初8年間は最大45%、その後4年間は5分の1ずつ減額幅が減少。−@とB
・市域内での工業用建物の新築・改築およびマンハッタン区の96丁目以北、ブロンクス区、ブルックリン区、クイーンズ区、スタッテン島内指定地区での商業施設改装(10%以上の評価増)については、建物評価額増加分につき25年間固定資産税減免→当初16年間は100%、その後9年間は10%ずつ減額幅縮小(2003年6月末までの時限)−AとF
・市外およびマンハッタン区中心部(96丁目以南)からニューヨーク市内の移転促進地域内へ移転・進出してきた事業者(小売業とホテルは適用除外)に対し、最大12年間にわたり、当該施設の従業員一人当たり最大3,000ドル/年を市税の減額に充てられる。−C
・非住宅建物を基準以上の住宅に転用する場合、転用に伴う課税を12年間免除(歴史的建造物は13年)、課税減額が14年。建築許可を2007年6月までに受けた物件までの時限。3年以内(延べ床面積約929?以上は5年)の転用が条件。−E
・製造業事業者が製造工程で使用する電気・燃料油・天然ガス・蒸気といったエネルギー使用料金にかかる売上税(州税4.25%、市税4%)は免税。かつ、2000年5月成立の新制度により、製造業事業者は電気・ガス・蒸気に関連する税金に関し、ほぼ利用料金の3.4%に相当する減税が認められた。−F
(2) 金融
・ニューヨーク市内でのビジネスを拡大する事業者の資金調達手段として市産業開発庁は、免税債券を発行している。製造業・航空貨物およびリサイクリング施設開発者については、三重免除(連邦税・州税・市税)の債券、非居住系事業プロジェクト開発者は二重免除債券(州税・市税)の利用可能。−DとF
・市支援および産官出資のベンチャーキャピタルが民間企業の協力の下、ベンチャー企業支援を行っている。−D

3.成功のポイント
 インターネットの急速な普及、経済の回復が背景としてあるものの、こうした各種支援策を体系的に打ち出したことが奏功し、コンテンツ指向型企業集積“シリコンアレー”が形成されはじめ、50社を超える新規株式公開企業を輩出する等情報関連産業の集積地域が拡大していったといわれている。また、賃料が安く環境整備が進められた周辺部への進出も進みつつある。ここで公社の資料から成功の要因を整理すると以下の4点となる。

 @成功モデルの提示=ニューヨーク情報技術センター:当初は投資銀行ゴールドマン・サックス本社ビル→ドレクセル証券へ→1990年同証券倒産により5年間程空きビル化→着目したダウンタウン・ニューヨーク振興組合が民間所有者に働きかけ情報化対応の゛Smart Building"へ転換し成功→周辺ビルへの波及→情報通信関連企業集積→シリコンアレーブームの始まり
 A既存の産業と人材の集積:ニューヨーク市内には、IT産業と直接的に関係する全米でも有数の放送・出版・広告・新聞等マスメディア産業の集積があり、また、金融・保険・証券それらに密接に関係する会計・弁護士事務所等金融関連産業も多く集積しており、インターネット化の急進展に伴い、需要も急増した点は大きかった。
 また、音楽家やデザイナー等の芸術家はじめ多くの人材が集積しており、衣食住娯楽面での様々なライフスタイルの集積も人材確保の点で見逃せない。
 B官民一体の協力体制:巨大な空き床を有効活用すべく、ビルの増改築・再開発を進めるための税制上の優遇策、住宅への転換促進策、銀行や電力会社等との協力によるベンチャーキャピタル設立、電力・ガス会社の誘致促進割引策等官民一体となった総合施策を展開。
 C大学等の協力:市内のニューヨーク大学、ポリテクニーク大学、コロンビア大学等が企業との協力による情報関連技術の開発・実験・共同研究を積極的に取り組んでいること、大学が中小企業等に技術指導、教育、コンサルを行ってきていること、更に、州・市の支援のもと電力会社・証券会社・電話会社等がベンチャーファンド等資金面で研究への協力体制を取ってきたことも大きかった。
 税制等金銭的優遇策を中心とする企業誘致は、優遇合戦による消耗戦になりがちで問題がない訳ではない。しかしながら、ニューヨーク市は歴史の乏しい米国の中で強制力のある専門機関を設置して、市の歴史とアイデンティティの保持の観点から、歴史的建造物の保存を強力に進めている自治体である。そのため、市の資産として既存の建物を保持しながら、上記の如く可能な手段を体系的に駆使して民間活力を引き出し、情報化、住宅転用等を進め、まちづくりと産業活性化を図っている。世界的都市間競争の中で、自分の街が有する優位性・特性を活かし、対外的には勿論、既存事業者にも市内での事業存続・拡大のために何をアピールし、どのようなまちづくりを目指すのか、ニューヨーク市の取り組みはわが国の地域振興を考える際にも刺激的ではないだろうか?

(さわだ・まさひこ)


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