<地域振興の視点>
2002/08
 
■意外な展開をみせる「むつ小川原」
編集委員・一橋大学 関  満博

 むつ小川原というと政治的な臭いが強く、また広大な原野に核燃料廃棄物処理施設がひっそり点在などのイメージを抱きがちである。だが、初夏に訪れたむつ小川原では、青森県が中心になり興味深い取り組みが重ねられていた。
 一つに「世界的なエネルギー研究基地」への展開である。世界最高レベルの原子燃料リサイクル施設の建設、環境技術研究の推進、日本最大級の風力発電(現在20基、将来50基、1基=1500KW)の実施、さらに、国際熱核融合実験が(ITAR)の誘致が繰り広げられている。
 二つに、液晶関連企業の集積を視野に入れた「クリスタルバレー構想」であり、液晶技術の開発者として著名な元シャープ副社長の佐々木正氏を中心に推進されている。
 もう一つは、政府の総合規制改革会議が提唱している「規制改革特区」を実践しようというのである。

●「世界的なエネルギー研究基地」へ
 むつ小川原工業基地開発約5,280haは、1969年、「新全国総合開発計画(新全総)」によって決定、石油化学コンビナート建設を視野に入れていた。だが、日本産業をめぐる環境条件変化の中で、計画はストップ。その後は石油備蓄基地(490万キロリットル=日本の約10日分ほど)、原子燃料リサイクル施設、低レベル放射性廃棄物理設センター、風力発電、(財)環境技術研究所等の国家プロジェクトが展開されている。
 東京に居住し、マスコミの報道だけに接していた私は、荒涼な景色をイメージしていたのだが、インフラ整備等が相当に進んでいることを痛感した。あたかも未来型の科学技術基地が形成されていた。
 今後、ITARの誘致が実現すれば、このむつ小川原は世界のエネルギー研究の最大の拠点の一つになることは間違いなさそうである。このITARは日本、ヨーロッパ、ロシアの3極が協力して国際的な規模で核融合を研究するための実験施設であり、現在、日本とヨーロッパが誘致合戦を繰り広げている。日本に決定すれば、むつ小川原になる。誘致が実現すれば、世界中の研究者が参集する。今後は、研究所に加え、世界の大学院レベルの研究教育機関の集積も課題になりそうである。

●クリスタルバレー構想の展開
 クリスタルバレー構想とは、北緯41度(マドリード、ローマ、ニューヨーク等と同緯度)の清浄な環境で液晶産業に関連する先端技術研究所、企業の集積を計ろうとするものである。
 平成12年9月には、地元有力企業のアンデス電気を中心に、セイコーインスツルメンツ、アルプス電気、カシオ計算機、日立化成工業等が出資して「エーアイエス(株)」を設立、今年の4月から液晶カラーフィルターの量産態勢に入っている。2002年に入り、液晶需要は高まり、2交代24時間のフル稼働である。日本の電気製品、電子部品のアジア・中国展開が著しいが、この領域は国内で競争力が十分に期待されている。
 出資各社の幹部とも懇談したが、国内に残すモノとして、この液晶カラーフィルターを視野に入れていた。なお、その場合、電気代と水道代といった産業インフラの改善が不可欠との指摘もあった。今後、このエーアイエスを突破口に新たな関連産業の集積が期待されている。

●環境・エネルギー特区の形成
 以上のような事情を背景に、現在、「規制改革を中心とした『特区』」形成への関心を深めている。全国でもかなりの件数が候補に上がっているが、むつ小川原は『環境・エネルギー産業創造特区』を建設する方向で動いている。電力自由化の促進、資源リサイクル施設の立地促進、バイオマスの利用、人材育成、起業化推進等をターゲットに、規制改革の可能性を模索、さらに、以下のような成果を期待している。
 ・環境・エネルギー分野における実証実験等を通じた先端技術・ノウハウの蓄積。
 ・自由化の推進、研究開発・起業化支援等による新たなビジネスチャンスの創出。
 ・環境・エネルギー面の事業環境の飛躍的向上によるFPD(フラット・パネル・ディスプレー)産業等の集積。
そして、これらの推進により、
 ・資源小国であるわが国、さらに世界のエネルギー政策に貢献、
 ・青森県内をはじめ、わが国の循環型社会形成に寄与、
 ・青森県内の一次産業の振興、新産業の創出、雇用機会の拡大を実現、
を狙っている。

●「辺境」から「前衛」への転換を
 物事は「辺境」から起こることが少なくない。むつ小川原で「環境・エネルギー」という次世代型の研究、産業化のための必死の取り組みが重ねられている。日本国内で、これだけ大型の、さらに次世代型の試みはなかなか見ることができない。このむつ小川原の地で、日本の現状の手詰まりを打破する取り組みが成功していくことを期待したい。
 むつ小川原は、これまで政治の季節の中にあったが、時間の経過と共に、より現実的な経済の季節に移りつつある。もちろん安全が最優先されるべきであるが、国家プロジェクトの荒波にさらされたむつ小川原も、新産業の創造の拠点として改めて注目され、「環境・エネルギー」といった次世代型、さらに地球規模の課題を取り扱う拠点として大きく注目され始めるのであろう。国家プロジェクトの次の時代は、地元の「熱意」の集結による新産業創造の拠点形成が期待されている。
 また、むつ小川原は八戸までの新幹線の開通に加え、三沢空港という興味深いインフラもある。米軍と共用の空港周辺にはアメリカ人も多数居住し、基地の中にはアメリカの大学も3校立地、地元の日本人高校生にも一部開放されている。この八戸〜三沢〜むつ小川原の周辺は、日本の中でも興味深いものなのである。そうした要素をプラスに転換し、新たな可能性を論じていくことが、閉塞感に陥っている日本に新たな「希望」を与えよう。これまでの「辺境」が「前衛」に転換する可能性に向けて、地域の人々の「思い」の集結により、新たな局面を切り開いていくことを期待したい。

(せき・みつひろ)


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