中島直子 著
2005/12
 
オクタヴィア・ヒルのオ−プン・スペ−ス運動――その思想と活動
古今書院(定価5,985円、2005.10)

 19世紀末の世界経済の最先進国英国で「オープン・スペース運動」が全盛期を迎えていた。運動の中心人物がオクタヴィア・ヒル(Octavia Hill 1838〜1912)である。彼女は住宅改良家ならびにナショナルトラスト(1895年創設)の創設者として著名であるが、業績はそれだけではない。ヴィクトリア期の英国人ヒルは、機械文明の発達と人口急増により大都市の上空が煤煙とスモッグで暗く覆われ、過密な市街地が郊外へと拡大した時に、光あふれ風薫る田園ならびに野外のレクリエーションのひとときを都市住民に不可欠なものと認識した。オープン・スペース運動への理解不足や批判は多かったが、彼女は健康・美・社会に対する確固たる信念と巧みな運動手法とにより、遊び場・広場、公園、コモン、徒歩の道(フットパス)などのオープン・スペースを都市に配置・公開・保護することが重要であるという世論を拡げる。そして地方行政、法制化を先導する。
 本書ではヒルの活躍を追いながらオープン・スペース運動の進捗状況を3段階に分け説明する。第一はロンドンの都心に小さな遊び場や公園をつくる身近な活動である。第二はレクリエーション空間と近郊のコモンの保護運動である。ロンドン北郊のパーリャメントヒルや南郊ケントのウィールド丘陵のフットパスの保護活動はここに含まれる。最後はロマン主義の詩人ワーズワスの故郷、英国北西部湖水地方の景勝地のコモンや山岳のフットパスの保護へと拡大し、ついに全英を舞台とするオープン・スペース運動に至る。
 社会改良家ヒルは次のように活動する。複数の雑誌や新聞を活用して公衆にオープン・スペースに関する問題点を周知させると同時に、募金の一大キャンペーンを始め土地買収を成功させる。カール協会、コモンズ保存協会ケント・サリー委員会など拠点となるオープン・スペース組織をつくり、大主教、国教会教務委員会、教区牧師、博愛主義者、国会議員、アーツ・アンド・クラフツ運動の芸術家、ボランティアの女性たちの支援を得る。
 
公園を造成し美しい公園のモデルを地域住民と行政に提示する。シティ・オブ・ロンドン慈善法の改正ならびに埋葬地法案の提出を議会に働きかける。1891年にはロンドンに4つの運動組織が揃いオープン・スペース運動は全盛期となる。これらの運動組織の活動方針と目標には差異があったが、ヒルは協力体制を構築しそのネットワークの中心で運動を前進させ、ナショナルトラスト創設という結実をみる。
 1909年に成立する住宅・都市計画等法は英国法においてプラニングという用語が冠せられた最初の法律である。本書は英国に都市計画や自然保護運動が誕生する前に、その20世紀的発展に深い感化を及ぼす「オープン・スペース運動」が発展していた様相をヒルの論文・報告文・書簡に基づき明らかにし、同時に彼女の貢献の拡がりを再評価している。
(東京大学・大西隆)

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