山口直也 著
2006/08
 
PFIの意思決定理論
溪水社(価格1,890円、2006.5)

 かつて、ある自治体からPFIについての講師を推薦して欲しいという依頼を受けたことがある。当時、本書の著者が管理会計学からPFIにアプローチしていることを聞いていた評者が著者を紹介したところ、件の自治体の担当者は「PFIは国が手引きを作ってくれたらその通りにやるだけですから、そういう難しいことをやっている人ではなくて」と難色を示した。
 そのPFIをテーマとした和書は、アマゾンなどで調べるかぎり60冊ほど刊行されているが、そのほとんどはマニュアルか事例紹介的な実務書である。まさに上記のような自治体職員向けに書かれている。それらの中で、本書は唯一の学術書といって差し支えない。
 本書はPFIの意思決定のあり方について、管理会計を視座として論じている。すなわち何の事業をPFIにすべきか、またどのような事業手法を採るべきかという政策判断をどのように行うのかがテーマである。「会計は経営の羅針盤」といわれるように、組織の意思決定においては、会計情報の参照が必須であり、特に民間セクターに事業を委ねるPFIでは、単に財務諸表を見るだけではなく、事業全体のフィージビリティを適切にとらえる必要がある。
 日本でも各地でPFI導入事例が見られるようになった。しかしながら、自治体が、スーパーゼネコンの手玉に取られていると勘ぐりたくなるような話も耳にしないではない。そうした中では、本書のように自治体政策における意思決定のあり方を学術的に分析した論説は時機を得たもので、大いに参考になろう。冒頭の自治体職員など、本書を通読し、PFIだけでなく自治体の意思決定プロセスの理解に役立てて欲しい。
 内容は全7章で構成され、VFMを軸とした意思決定情報を論じる第3章、意思決定とリスク評価を扱う第4章、割引率を考える第5章がメインとなっている。PFIの展開過程を概括する第1章・第2章と、結論的な第6章と第7章は、やや質量ともに軽い。
 
 ただ、惜しむらくは学術書であるがゆえに、本来本書の読者であるはずの、PFI事業の意思決定に関与するであろう立場の実務家には取っつきにくい。また、結論がやや弱く、著者の主張が充分に伝わってこない。その他、解説のない専門用語があったり、PPPやLCC、VFMといった定訳のないキーワードをそのまま用いていて、せっかくの訳語創出の機会を逃しているなど、惜しまれる点がある。とはいえ、学界においても、PFIについて論じた初めての学術的研究書として貴重である。日本初の「PFI学」を打ち立てようとするものである。昨今の「小さな政府」の流れからすれば、日本においてもPFIは今後展開していくであろう。それを研究する著者自身と学問分野の双方の、今後の発展を期待したい。
(新潟大学・澤村 明)

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