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明大前付近の住宅街の道路上では、輪座になって弁当を食べ、ごみを散らかす学生たちがよく見られ、周囲の人も注意しない状況であった。 |
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地元の「大川ボクシングジム」のトレーナーで元プロボクサーである吉川英治氏はこうした若者が相手が30人いようが50人だろうがお構いなしに怒鳴り散らし、ゴミを拾わせ、注意しない先生達を注意するなど地元のちょっとした“名物にいちゃん”になっていた。 |
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2001年6月、治安やマナーの悪化する社会を憂う吉川氏は、ひとりで自警団を立ち上げた。若者の参加が不可欠と考え、誰にでも分かり易い『明大前ピースメーカーズ』という英語名にした。 |
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その後、彼の呼びかけでボクシングの生徒や近所の空手道場の師範や生徒が加わり、格闘技選手達の自警団としてスタート。
2001年8月末、地元商店街の活性化と安全なまちづくりにも役立つと考え、『明大前ピースメーカーズ』を明大前商店街にも提案。同年10月には商店街チームが加わることになった。 |
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以前から明大前周辺は北沢警察署管内でひったくりと空き巣のワースト1地域といわれ、松原小学校周辺では、痴漢が多発していたにも関わらず明大前駅前は交番が存在せず、地域住民が交番の設置を要望していた。 |
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2002年4月、駅前広場に『明大前ピースメーカーズ』の活動拠点となる「民間交番」を設置。道案内や拾得物の警察への連絡、近隣住民からの要請による出動などを行っている。8時30分から17時までの間、専従職員が常駐し、あとの時間はパトロール隊員が夜まで詰める。 |
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自警団への取り組みをきっかけに、代表の吉川氏は、パトロールは応急処置にすぎず、問題の核心は親をはじめとするおとなたちの教育にあると考え、国内外の学校を訪問し「正義と夢」「勇気と非暴力」などについての講演活動も行っている。正しい教育こそが正しい社会作りのカギだと主張し、世界コミュニティの平和を目指し『こども国連』を発足した。 |