<シリーズ/地域開発の課題を提起する>
2004/05
 
■負の清算も選択肢――“選択と集中”時代の地域政策
東京大学先端科学技術研究センター教授 大西  隆

1.延伸計画に廃止宣告
  地域の政策選択の幅が広がってきた。まとまった資金を何に使うべきか。これまでであれば事業拡大に投じられてきたのであろうが、最近ではその資金で事業の整理・縮小を図ることも立派な選択肢になってきた。私が体験したのは千葉市の都市モノレールである。  昨年8月に千葉県と千葉市が設置した「千葉都市モノレール評価・助言委員会」の委員長として議論に加わり、この3月末に報告書をまとめた。議論の目的は以下の2点であった。
 @ 懸案の延伸計画に結論を出す。
 A 会社の再建を方向付ける。
 延伸計画は、現在の終点の県庁前駅から3.6km先の中央博物館・市立病院前駅までである。すでに2000年12月に特許を取り、都市計画決定を行い、手続きは整っていたのだが、延伸して本当にいいのだろうかという疑問が湧いてきたため、再検討が始まったのである。疑問は、既開業区間で、当初の予測をはるかに下回る乗客しか利用しておらず、経営する会社(千葉都市モノレール株式会社、県市中心の第3セクター)が債務超過になっていて、延伸しても改善される可能性がないために生じた。この疑問に答えるために2002年に設置された千葉都市モノレール検討調査委員会は、その答申である「千葉都市モノレール事業に関する提言」の中で、より短絡的に中央博物館・市立病院に至る千葉大ルート(千葉大学病院がある大学構内を通る)を調査検討してから最終結論を出すことを提案した。このため調査結果を評価し、延伸問題についての助言を行うことが、今回の評価助言委員会の役割となった。
 また、いずれにせよ延伸が経営問題の抜本解決にはならないので、債務超過にある会社の再建も課題になった。委員会の議論では、この際モノ レール事業から全面的に撤退するべきという厳しい意見も出たが、大方のみるところ京葉線の駅と接続する千葉みなとから、千葉駅を通って郊外の住宅団地がある千城台までの区間は、黒字経営にはならないものの、バスだけではもて余すほどの利用者がいるので、何とかモノレールを活用するべき区間と認識された。したがって、この区間を中心に営業する上で必要最小限の設備投資ができる財務状態にすることが再建の目標となった。  議論の結果、委員会が出した結論は、延伸計画は廃止、千葉みなと〜千城台間を中心に会社の再建を強力に進めるべきであるというものであった。委員会が延伸にゴーサインを出すと早まった憶測記事を書いた有力紙もあったから、事実認識を行政とも共有しながら(会議の公開やHPを通じて県市民とも共有)、専門的見地からの判断を求めた行政の期待に応えて委員会として自立した議論ができたのではないかと思っている。

2.信頼性のない計画
 特許をとり、都市計画決定までしている延伸計画を廃止せよとは大胆すぎるのではないかと思うかもしれないが、計画があまりにも杜撰なのである。この延伸計画は、4年前の2000年に特許されたものである。その折には、延伸されればその後12年で累積損失が解消されるとした。この場合の累積損失とは、延伸部分の採算ではなく、延伸部分を含むモノレール全体である!今回の報告書では、改めて予測作業を行い、そういう楽観的な予測は、残念ながら全く的外れであることを示した。つまり延伸しても、延伸部分はもちろん、全体に関してもモノレールは赤字を出し続け、累積債務が増え続けると覚悟せざるを得ない。

 問題なのは、予測作業に当たった県市をはじめとする関係者には、初めからこうした厳しい見通しが分かっていたに違いないことである。「需要がないことは分かっていたが、黒字になるように数字を作らなければ特許がおりないからそうした」というような話を何度も聞いた。つまり鉛筆を、何度もたっぷり舐めたというのである。もしそれが本当ならば、今回の報告書とこれまでのそれとの違いは、予測手法や結果にあるというよりも(この点でも今回は改良を行ったと思っているが)、現実とも適合する予測結果をそのまま判断に用いた点にある。

■懸垂式の千葉都市モノレール

換言すれば、これまでは初めに延伸するという結論があって数字がつくられたのに対して、今回は、これまでの実績に照らして数字の妥当性を確かめた上で、妥当であると判断できたので、予測結果などに忠実に基づいた評価・助言を行ったのである。その結果が延伸計画の廃止であった。
 延伸計画廃止の論理構成は以下である。第3セクターとはいえ会社に経営を委ねるモノレール事業では、公共事業として行われるインフラ整備(柱や桁、関連街路)を除き、車両、電気系統、駅設備などは料金収入によって償われるべき会社の資産となる。したがって、会社は料金収入に よって、日常的運営に加えて、借入金の返済と減価償却を行っていかなければならない。だから、会社がそもそもこうした健全経営の見通しを持てないのであれば、モノレール事業は持続できないのである。
 ところで、杜撰な予測作業は、千葉都市モノ レールでは、これが初めてではなかった。千葉都市モノレールで、1981年に現開業路線の特許をとる際に、すでに需要の大幅な過大評価が行われていた。何しろこの時点での需要予測によれば2000年のモノレール利用者は約16万人とされたのである。しかし、実績はその28%にしか過ぎず、運賃収入に至っては予測の15%を達成したに過ぎない(2001年現在)。一方で減価償却費は117%と予測を上回っており(同)、累積債務がたまるのも頷ける。その原因の一つが、モノレールの需要予測に用いた千葉市人口の過大予測であった。予測では、千葉市の人口は、1980年(74万人)からの5年間で22万人増加するとしたが、実績では4.4万人の増加にとどまった。一時は5年間で17万人以上増加した千葉市の人口も、すでにこの時期には鈍化しており、4.4万人というのは趨勢的な数値であり(前の5年8.6万人、後の5年3.5万人)、22万人は趨勢に逆らった、いかにも不自然な予測であった。しかしこうした数値が意図的に用いられた結果、現実を4倍近くも上回ることになる将来利用者の予測値が採用され、まかり通ってきたのである。委員会などで議論していると、将来予測を否定するのは簡単ではない。手法が不適切というような技術的な疑問は論じられるが、このケースのような人口予測などは、一般に将来になってみないと分からないという面がある。したがって、予測結果の当否が実績で示された段階で、その責任を明確にしておくことが、いい加減な予測を防ぐために不可欠である。

3.破局の拡大か、負の清算か
  ところで、その結果、千葉では、85億のお金があったとして、@モノレールを延伸するのがいいのか(85億はおよそモノレールを延伸するのに必要なインフラ投資の地元負担分に相当)、それともA同額を県市による現開業区間の資産(車両など)の買取りにあて、資金を得た会社は、延伸ではなく、借入金の返済と減価償却の削減にそれをあてるのがいいのか、という2つのうち、どちらが賢明な選択かという問題に直面することになった。試算によれば、前者のケース(延伸)では30年後の累積債務は623億円となり、後者のケース(資産の買取り、つまり会社再建に資金を使う)では同じく548億円となる。いずれにしても過去の負債が重くのしかかるのであるが、それでも同じ資金を赤字路線の延伸に回すより、これまでの借金の返済に充てた方が将来の累積債務はまだ小さくなる。
 まさに負の遺産を清算するわけだが、今後はこうした選択を余儀なくされるケースが自治体でも増えてくるのではないだろうか。それは以下のような意味で自治体による公共政策が転換期におかれるからである。  第1に、人口減少によって、交通機関などは需要の右肩下がり傾向が強まることになるから、安易に将来の需要増を期待することができない。将来の需要増が見込まれないのであれば、千葉都市モノレールのように、過大需要予測によって事業を始めたところは当然ながら極めて重いツケを負うことになる。このツケは、いうまでもなく将来世代の納税者に回されるのであるから、この無責任な構造を断ち切るためにも、可能な限り事業計画の軌道修正、抜本的見直しを早めに開始することが必要となる。
 第2に、モノレールの導入が、“混雑緩和と環境負荷低減”につながるという主張についても、バス、徒歩、自転車なども同じような効果を発揮するので、非自動車交通の活用という場合にも、どの手段が最もいいのかをよく検討することが必要となってきた。実際、利用者の少ない大量輸送機関は、一人当たり二酸化炭素排出量も少なくないから、利用者が多いことが公共交通の環境保全効果を高める上で不可欠である。電気自動車など低公害車が普及し始めているので、公共交通は環境保全と混雑緩和の両方をきちんと達成する見通しが確かでないと、環境保全型交通手段という名前を他の交通手段に奪われかねない。  千葉都市モノレールはほんの1例である。モノレールのような収益事業でも、一般の公共事業でも、右肩上がりの時代に計画されたものが、時代に合わなくなってきている例は多い。まさに「ゼロ、無し、中止」を結論の選択肢に含めた幅の広い政策論議が地域開発でも必要になってきた。

(おおにし・たかし)


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